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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1644号 判決 1979年5月28日

控訴人 藤田福三 外一名

被控訴人 上野昌彦

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一・二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴人両名代理人らは、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人らは、控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

被控訴人の請求の原因は、原判決の事実摘示(原判決二枚目表三行目から同裏六行目まで)のとおりであるから、これをここに引用する(但し、原判決二枚目表三行目の「上野寅次郎」とあるのを「上野寅治郎」と改める。)。

控訴人両名代理人らは、請求の原因に対する答弁として、

一  請求原因第一項の事実中、村田源太郎が東京都墨田区菊川二丁目一七番二三宅地五九・九五坪(本件土地を含む。)を所有していたこと、右土地について被控訴人主張の各登記がされていることは認めるが、その余は否認する。村田源太郎は本件建物の敷地である本件土地を上野寅治郎に売却しておらず、これを自己の所有土地としてその余の部分から分離、保留しているものである、本件土地を含めて上野寅治郎に土地所有権移転登記がされたのは、なんらかの手違いによる。

二  同第二項中、控訴人藤田が本件建物を所有していることは認めるが、その余は否認する。

三  同第三項中、控訴会社が本件建物に入居してこれを使用していることは認めるが、その余は否認する。

四  同第四項は争う。

と述べ、

抗弁として、

仮に本件土地が被控訴人の所有に属するとしても、

一  控訴人藤田は、本件土地について賃借権を有する。すなわち、

1(1)  藤田中日(控訴人藤田の兄)は、昭和二五年三月一〇日裁判上の和解により、村田源太郎から、その所有にかかる本件土地を、建物所有の目的で賃借期間同年四月一日から二〇年間と定めて賃借し、同年四月頃本件土地上に、隣地にあつた(旧)建物を曳行移転して占有を始めた。

(2)  そして、間もなく、藤田中日の父藤田慎蔵は、右賃借権を右村田の承諾のもとに藤田中日から譲り受けるとともに、(旧)建物の所有権も譲り受け、右家屋に居住して本件土地の占有を続け、かつ、賃料を村田源太郎に対して支払つた。ところが、慎蔵は昭和三一年八月二六日死亡し、控訴人藤田が子として相続により、(旧)建物の所有権とともに本件土地の賃借権を承継した。

(3)  かりにそうでないとしても、控訴人藤田は、藤田中日から前記賃借権を右村田の承諾のもとに譲り受けるとともに、(旧)建物の所有権をも譲り受けた。

(4)  以上のように、控訴人藤田は、本件土地の賃借権を有するものである。

2  藤田中日が賃借権を取得するに至つた経緯の詳細は、次のとおりである。

控訴人藤田の先代藤田慎蔵は、昭和二二年頃から本件土地の隣接地(東京都墨田区菊川二丁目一七番七(分筆前)の土地の一部)を村田源太郎から借り受けて、建物を所有していたところ、昭和二三年はじめ頃同人から、右建物の敷地を含めた前記隣接地を第三者に売却したことを理由に、右建物の移転方を要求されて争いとなり、訴訟事件(東京地方裁判所昭和二三年(ワ)第三、九八七号)が係属中、裁判上の和解により、藤田慎蔵らが隣接地上の右建物を収去する代りに、村田源太郎は、慎蔵の子である藤田中日に対し、本件土地について前記1のような賃借権を設定することになつたのである。

3  被控訴人先代上野寅治郎は、慎蔵および控訴人藤田が本件土地上に建物を所有して本件土地を占有しており、同人らが本件土地について賃借権を有することを熟知したうえで、本件土地の所有権を取得しながら、控訴人藤田らに対してその所有権を主張せず、また賃料の支払の請求もせず、かえつて、控訴人藤田らが村田に対して賃料の支払を続けることを容認しており、この状態が寅治郎及び昭和三七年二月二七日同人死亡後はその相続人たる被控訴人の時代を通して一九年間余にも及んだものである。

それゆえ、右上野寅治郎または被控訴人は、控訴人藤田の賃借権を暗黙のうちに承認していたものであり、被控訴人は、控訴人藤田が右借地権について対抗力を有しないこと(建物保存登記の欠缺または借地権の設定登記の欠缺)を主張しうる利益を有する第三者にあたらず、控訴人藤田は、その賃借権を被控訴人に適法に主張することができるものである。

二  控訴人藤田は、本件土地について被控訴人に対抗することができる賃借権を時効により取得した。

1(一)  藤田中日は、前記一1記載のとおり、昭和二五年三月一〇日本件土地の賃借権の設定を受け、同人は、同年四月一〇日頃控訴人先代藤田慎蔵所有の前記(旧)建物を本件土地上に曳行移転した。

右慎蔵は、その頃その賃借権を譲り受け、右家屋に居住占有するとともに、賃料を村田源太郎に対して支払い続けた。

(二)  村田源太郎が昭和二六年四月一九日、本件土地を含む菊川二丁目一七番二三の土地全部を上野寅治郎に売却したとしても、これを知らない慎蔵は、本件土地の部分については村田が所有者でありかつ賃貸人であると信じ、本件土地の賃料を村田に対して公然と支払い続け、かつ、本件土地の占有を続けた。

(三)  慎蔵は、昭和三一年八月二六日死亡し、控訴人藤田が同人を相続した後も同控訴人が本件土地の賃料を村田に対して公然と支払い続けた。

(四)  以上のように、慎蔵は、賃借人として本件土地の占有を始めるに当たり賃借権を有すると信ずるについて善意、無過失であり、かつ同人または控訴人藤田は公然と村田に対して賃料の支払を続けていたから、慎蔵の地位を承継した控訴人藤田は、前記昭和二五年四月一〇日または同二六年四月一九日から一〇年を経過した時に、本件土地の賃借権を時効取得した。

(五)  かりにそうでないとしても、控訴人藤田は父慎蔵の死亡により、昭和三一年八月二六日から善意無過失で本件土地について自己が賃借権を承継したと信じて、賃借人として本件土地を占有し、かつ、公然と、賃料を村田に対して支払い続けた。

したがって、控訴人藤田は、自己が独自に賃借人として本件土地の占有をはじめた昭和三一年八月二六日から一〇年を経過した時に本件土地の賃借権を時効取得したものである。

2  右時効により取得した賃借権は、村田に対してのみならず、被控訴人に対しても対抗することができるものである。すなわち、

(一) 村田源太郎は、昭和二六年四月一九日以降も、本件土地の所有者として振舞い、慎蔵または控訴人藤田に対して本件土地の賃料を請求している。

(二) 他方、被控訴人先代上野寅治郎および被控訴人は、前記一3のとおり控訴人藤田に対して賃料を請求せず、同控訴人の村田への賃料支払を容認すること一九年余に及んだのである。

(三) したがって、控訴人藤田は、時効により取得した賃借権を被控訴人にも対抗することができるものである。

三  仮にそうでないとしても、控訴人藤田は、本件土地について建物所有を目的とする地上権を有する。すなわち、前記一1記載の合意により、藤田中日は、建物所有を目的とする地上権を設定した。そして、右の地上権についても、一3記載のとおりの事情でこれを被控訴人に対抗しうるものである。

四  仮にそうでないとしても、被控訴人の本訴請求は、次のような事情があるから、権利の濫用として許されない。

1  前記一3において述べたとおり、被控訴人は、控訴人藤田らが本件土地を借地権者として使用占有するについて全く異議を申し出たことがない。そして、控訴人藤田が本件土地の所有名義人が被控訴人となついてることを知つて、被控訴人に対し、本件土地の真実の所有者が誰であるかを問い合わせたところ、被控訴人は、一たん本件土地の所有者が前記村田であると答えながら、その後所有名義人が自己となつているのを奇貨として抜打ち的に本訴提起に及んだものである。

2  そして、被控訴人は本件土地の隣接地に一〇〇坪の土地(一七番七)を所有しており、これを鋼材置場として使用しているほか、隣地(一七番二三の土地中本件土地を除いた部分)に二階建事務所建物を所有し、更に、近隣土地(墨田区菊川三丁目二三番一号)には、鉄筋コンクリート造三階建の上野鉄鋼本店社屋があるから、被控訴人が本件土地を使用する必要性はない。

3  之に反し、控訴人藤田は、本件土地上に本件建物を所有し、永年の間これを営業および生活の本拠としており、しかも、これについて自己に責めるべき点はない。それゆえ、本訴請求が認容されるときに蒙る控訴人らの損害は、甚大である。

4  本件土地を含む菊川二丁目一七番の二三及び七並びに地上建物についての被控訴人の買受価額は、昭和二六年当時で金三〇万円余であり、これは時価に比し著しく低廉であつて、本件土地上に借地権が存在するものとして取引とも考えられるぐらいである。

5  したがつて、右のような事情のもとでは、被控訴人が、控訴人藤田の賃借権の対抗力の欠缺を奇貨として、本訴請求をするのは権利の濫用として、許されないものである。

五  かりにそうでないとしても、控訴人藤田は、村田源太郎の本件土地の所有権の取得時効を援用する。

1  前記二1(一)、(二)において主張したとおり、藤田中日または慎蔵は、昭和二五年四月一〇日から賃貸人村田の所有地と信じて本件土地を占有したのであり、占有のはじめ善意無過失である。

そして、村田は、右の者らの本件土地に対する代理占有により、昭和二五年三月一〇日から一〇年を経過した時に本件土地の所有権を時効取得した。

2  かりにそうでないとしても、上野寅治郎が本件土地の所有権移転登記を経由した昭和二六年四月一九日の次の日から、慎蔵またはその相続人である控訴人藤田は、村田のために前記1のように本件土地の占有をはじめ、かつ、その占有のはじめ本件土地が村田の所有に属するものと信ずるについて、善意、無過失であつたから、少なくとも、同日から一〇年経過した時に、村田は、慎蔵または控訴人藤田の代理占有により本件土地の所有権を時効取得した。

と述べ、

被控訴代理人らは、抗弁に対する答弁として、

一の1ないし3は争う(もつとも、1の(2) のうち、慎蔵が昭和三一年八月二六日死亡し、控訴人藤田が相続により本件土地に関する慎蔵の権利義務を承継したことは認める。)。

二の1の(一)、(二)を争う。本件のように、土地の新所有者に対し従前の土地所有者との間の賃借権を対抗することができない場合に、賃借権の取得時効を主張するためには、民法一八五条に準じ、新所有者に対し「自己ノ為メニスル意思ヲ以テ」賃借権を行使する意思を表示し、または、新所有者に対する賃貸借契約を締結してその新権原により賃借権を「自己ノ為メニスル意思ヲ以テ」行使しなければ、新所有者に対する賃借権を時効により取得するための要件としての「自己ノ為メニスル意思」を欠くことになる。控訴人らの主張事実はこの要件を欠くものである。

同(三)のうち、慎蔵が昭和三一年八月二六日死亡し、控訴人藤田が相続したことは認めるが、その余は争う。(四)(五)を争う。2の(一)ないし(三)を争う。

三は否認する。

四の1ないし5は否認する。

五の1、2は否認する。村田の占有は「所有ノ意思ヲ以テ」する占有(民法一六二条) ではないから、同人のために本件土地の所有権の取得時効は完成しえない。

と述べた。

(証拠)<省略>

理由

一  被控訴人は、本件土地の所有権に基づいて控訴人藤田に対し本件土地上の本件建物収去及び本件土地明渡し、控訴会社に対し本件建物退去本件土地明渡しを求めるものであるところ、控訴人らは被控訴人の本件土地の所有権を争うから、この点について判断する。

二  本件土地を含む東京都墨田区菊川二丁目一七番二三宅地一九八・一八平方メートル(五九坪九合五勺)はもと村田源太郎の所有であつたところ、これについて、同人から被控訴人先代上野寅治郎に対し昭和二六年四月一九日受付をもつて同年同月一一日売買を原因とする所有権移転登記及び寅治郎から被控訴人に対し昭和三七年一一月一日受付をもつて同年二月二七日相続を原因とする所有権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。してみれば、控訴人らに対する関係では、反証のないかぎり、被控訴人は、本件土地を含む菊川二丁目一七番二三の土地全部について、村田から買い受けてその所有権を取得したものと推定すべきである。

三  ところで、控訴人らは、村田が寅治郎に対して右一七番二三の土地を売却するにあたり、本件土地の部分を分離してこれを自己の所有として保留していたものであり、寅治郎は本件土地の所有権を取得しなかつたと主張するから、考えるに、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、乙第一、第九及び第二三号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証、官署作成部分の成立に争いなく、その余の部分につき原審における証人村田源太郎の証言及び被控訴人本人尋問の結果により成立を認める甲第五号証、右村田証人の証言により同人名義の押印部分の成立が認められ、これによつて成立の真正が推定される甲第六号証、当審における控訴人兼控訴会社代表者藤田福三本人尋問の結果により成立を認める乙第三ないし第五号証、第一〇ないし第一二号証、第一五及び第一九号証、右村田証人及び原審証人青木秀雄の各証言、原審及び当審における証人藤田中日の証言並びに控訴人兼控訴会社代表者藤田福三及び被控訴人各本人尋問の結果(但し被控訴人本人尋問の結果については後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、村田源太郎及び上野寅治郎間の右土地売買の経緯並びにその後の右両者及び控訴人らの本件土地をめぐる交渉の推移について、次の事実を認めることができる。

(一)  前記菊川二丁日二七番二三の土地は、北側及び東側が公道に面し、北東側が隅切り状になつており、南側部分において同番七宅地一〇〇坪と接するが、両地はいずれももと同番七宅地一五九坪九合五勺の一部であり、昭和二五年六月一四日同番二三の土地が分筆登記されたものである。

(二)  控訴人藤田の先代慎蔵は、昭和一二、三年頃当時の所有者柴崎清松から右両地の境界線付近の部分を借り受け、同地上に建物を所有して塗装業を営んでいたところ、昭和二〇年戦災に遭つて焼け出された。

(三)  終戦後、同土地の所有者が村田源太郎に変つたが、慎蔵は、村田から元の建物の所在場所より西寄りの箇所を使用部分と指定されたので、同部分上に建物を建築して塗装業を再開した。

(四)  その後、村田と慎蔵との間で、右土地の使用をめぐつて紛争が生じ、昭和二三年一〇月村田は、慎蔵外一名を相手方として東京地方裁判所に対し、建物収去土地明渡請求訴訟を提起したが、昭和二五年三月一〇日村田、慎蔵及び利害関係人たる藤田中日(控訴人の異母兄)との間で、慎蔵及び中日は村田に対し同年七月一五日かぎり菊川二丁目一七番七所在建物を収去し、村田は右一七番の七の土地のうち北西隅北側道路に接する二二坪の部分(本件土地に該当する)を中日に対して期間同年四月一日から二〇年間、賃料は前借地人の賃料を基準として物価庁告示の最高率を適用した額を毎月末日支払う等と定めて賃貸する旨の、裁判上の和解が成立した。

(五)  慎蔵及び中日は、右和解条項に従つて収去すべき前記建物を本件土地上に曳行移転したが、村田は、右和解成立以前から慎蔵らに対し、右建物の敷地を上野寅治郎に売却したから同所を立退いて本件土地上に移つてもらいたい旨要求していたものである。

(六)  中日は間もなく他に転居し、慎蔵は、控訴人藤田と共に、本件土地上に曳行した前記建物において塗装業を営み、村田を賃貸人として同人に対し、本件土地使用の対価としての賃料を支払い、村田もこれをなんらの異議もなく受領していた。また、寅治郎は、村田との間で、昭和二六年四月一一日同人から本件土地を含む菊川二丁目一七番二三及び同番七の土地を買い受ける旨の売買契約書(甲第五号証)を作成しながら、右契約書によればみずから買い受けた筈の本件土地につき、慎蔵らに対して賃料の支払いを求めることもなく、本件土地の占有について異議を述べて地上建物収去、土地明渡を求めることもなく、かえつて、右買受後間もなく、本件土地と右一七番七の土地とのほぼ境界線上に鉄柵を設けて、慎蔵らの占有使用すべき部分を明確にしている。寅治郎は昭和三七年二月二七日死亡して、被控訴人が同人を相続したが、被控訴人も寅治郎と同様賃料の支払いも土地明渡しも全く求めないまま経過した。また、村田と寅治郎との間で、前記売買の目的たる土地の範囲、境界が問題とされたり、これについて紛争が生じたこともなかつた。

(七)  その間慎蔵が昭和三一年八月二六日死亡して、控訴人藤田が同人の権利義務を承継し、昭和三八年には控訴人藤田において前記建物を建坪にして約二倍の本件建物に建て替えたが、被控訴人は右建替えについてなんら異議を申し入れず、かえつて、建前の際祝い品を持参した程であり、控訴人藤田は依然として村田を賃貸人として賃料の支払いを続けていたが(なお、本件建物は昭和四四年一月一〇日控訴人藤田名義に所有権保存登記されている。)、昭和四四年六月頃村田から、本件土地の部分が同人の所有名義になつていないようであるが、自分が聞きに行つてはおかしいから代わりに被控訴人方へ行つて確めてもらいたい旨依頼され、控訴人藤田が被控訴人方に赴いて尋ねたところ、被控訴人は、本件土地の部分を自己の所有と考えていなかつたので、右部分は村田の所有であろうと回答したため、控訴人藤田はその旨を村田に伝えたが、その一、二か月後に突然被控訴人から控訴人藤田に対して本訴が提起されるにいたつた。

以上の事実が認められるのであり、前掲被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、これを措信しえない。

四  右認定事実によれば、村田源太郎は、被控訴人の先代上野寅治郎に対して菊川二丁目一七番二三の土地を売却するにあたり、本件土地の部分を除外し、これを自己の所有地として保留したものというべきである。もつとも、成立に争いのない甲第四号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件土地を含む右一七番二三の土地の固定資産税は被控訴人において支払つていることが認められるが、右事実も、同土地の大部分が被控訴人の所有であることに照らせば、前記判断を覆えすには足りない。

五  なお、村田源太郎及び上野寅治郎間の前記売買契約書(甲第五号証)及び菊川二丁目一七番二三の土地の登記簿(甲第一号証はその謄本)上、本件土地を含む右一七番二三の土地の全部が売買の目的として記載されていることは、前述したとおりであるが、前掲村田証人の証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば、右土地の売買に伴う登記手続は村田及び寅治郎のいずれも関与せず、寅治郎の使用人に任されており、その後右売買契約書の記載及び登記手続について、双方とも関心を持つていなかつたことが認められるのであり、さればこそ、本来ならば本件土地の部分を右一七番二三の土地から分筆して、残余の部分についてのみ寅治郎に対して所有権移転登記すべき筈のところ、なんらかの手違いによつて右のような登記手続がなされたのにもかかわらず、それが是正されないまま、今日にいたつたものと推認されるのである。

六  以上述べたところによれば、被控訴人のための本件土地所有権の推定は覆えされたものというべきであり、したがつて、本件土地の所有権に基づいてなされた被控訴人の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく、理由がないものといわなければならない。

七  よつて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条により、原判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森綱朗 新田圭一 奈良次郎)

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